
好きな食べ物ってコソコソ言わなきゃいけない話なんだね& 枝豆の殻の数は、理性の数である

好きな食べ物を聞くだけで、なぜこれほどまでに心が洗われ、そして自分の「汚なさ」に悶絶することになるのか。
レジン作家(小4女子)と枝豆の賢者(中1男子)に教わった、真の「愛」の形をお届けします。
- 好きな食べ物は「秘密の告白」
お母さんに耳打ちしないと言えない、小4女子の好きな食べ物。それは今の食卓への配慮か、それとも自分を形作る「核」を明かす照れくささか。安易に答えていた自分を恥じるほど、そのコソコソ声は尊かった。
- 枝豆を「3粒」で止める中1の聖人
「好きな食べ物は黄緑色」。その答えが目の前の枝豆だと分かった瞬間、大声で正解を奪った私の「つまらない大人」感。しかし、彼は好きだからこそ、独占せず、みんなに分け、たった3粒を慈しんで食べた。脳なしで食い尽くしてきた私への、静かなる説教。
- 白ご飯の概念を問う、アバウトな三択
「ご飯、唐揚げ、ラーメン」。三択の一番目に「ご飯」を持ってくる哲学的なセンス。白ご飯のこと?と聞かれて「うーん」と悩む彼女の姿に、私は安易な二択にできなかった自分の想像力の乏しさを反省した。
- 人類の義務教育「唐揚げ→ラーメン」の法則
小4で唐揚げからラーメンへ推しが変わる。この遍歴は、もはや人類の勤め。やがて高校でセットになり、大人になって「しっとり感」や「酢豚のフルーツ」という掛け合わせの深淵にたどり着く。私たちはみんな、この道を歩んできた。
- レジンの透明感に、汚れた心を洗浄して
クイズに正解して(奪って)もらった、子供たちの手作りレジン。この透明な塊を持ち歩くことで、私はかろうじて「汚い大人」の暴走を制御できている。レジンブームの生みの親に、最大級の感謝を。
『三粒の枝豆と、透明な御守り。』
私はいつから、好きな食べ物を「即答」するような、つまらない大人になってしまったのだろう。
枝豆を目の前にして、殻の山を築くことしか考えていなかった私に、あの中1の男の子は教えてくれた。本当に大切にするということは、無限に扱わないこと。みんなで分け合い、一粒一粒を「形跡」として愛でることなのだと。
小4の女の子が、お母さんの耳元で囁いた「唐揚げ」と「ラーメン」
その移ろいゆく季節のような好みの変化を、彼女は一生懸命に自分の心に問いかけていた。白ご飯というアバウトな選択肢の中に、彼女が何を見ていたのか、私はもっと丁寧に想像すべきだった。
子供たちが作るレジンのキーホルダーは、私の汚れた自意識を浄化してくれる御守りだ。
これを持っている間だけは、クイズの答えを先に叫ばない、枝豆を無心で貪らない、そんな「少しだけ綺麗な大人」でいられる気がする。
唐揚げからラーメン、そしてその先の多様な味覚の旅へ。
私も彼女たちのように、一口の幸せを耳打ちしたくなるような純粋さで、もう一度「食」と向き合いたい。
まずは、次に会うときのお土産のカップラーメンを、彼女がキラキラした笑顔で受け取ってくれるように、全力で予習して選ぶことから始めよう。
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食い意地ラジオ のエピソードです。番組トップページへ