
焼き魚食べ大道芸人になろうかな〜焼き魚の選び方〜

食い意地ラジオ
昨日、久しぶりにアジのみりん干しを食べて、あらためて「料理」とは何なのかを考えました。
甘い調味液に漬けて、干す。それだけで素材は確実に美味しくなる。みりん干しという調理法は、魚の種類に関わらず、その良さを最大限に引き出す技術なのだと感じました。
同時に、「◯◯干し」という調理の可能性についても考えました。奇をてらったものではなく、誰もが「確かに」と納得できる、どこか懐かしくて合理的な味付け。メープルシロップや焼肉のタレなども候補として思い浮かびましたが、特に焼肉のタレは非常に汎用性が高く、焼き魚や野菜に添えるだけでも十分に完成度の高い味になると感じています。
また、五島列島・奈留島で作られている干物「まんまる味」についても触れたいと思います。これまで私は、干物は塩味に頼った保存食という印象を持っていましたが、この干物はその認識を大きく覆すものでした。非常に肉厚で、ふっくらとしており、「干している」というよりも「旨味を凝縮している」と表現したほうが近いように思います。現在は非常に人気が高く、地元でもなかなか手に入らない存在になっています。
焼き魚については、いくつかの所感があります。
塩をかけすぎないこと、焼きの技術が重要であること、提供時間帯によって品質に差が出やすいこと。特にランチタイム後半になると、サイズや鮮度に差が出ることもあるため、焼き魚を目的にする場合は早めの時間帯が望ましいと感じます。
大根おろしについても一言添えるならば、むやみに醤油をかけず、そのままの状態で魚と合わせて味わうことに意味があると考えています。水分の切り方ひとつで、料理全体の印象が大きく変わるため、ここに店の姿勢が表れるようにも思います。
そして最近、自分自身が焼き魚を骨ごと食べられるようになってきたことに気づきました。命を余すことなくいただくという感覚と、食べるという行為の奥深さを、あらためて実感しています。最後に残る魚の目の周囲の柔らかい部分は特に印象的ですが、中心部についてはどこか踏み込んではいけない領域のように感じ、今も手を付けずにいます。
食べることは、単なる摂取ではなく、文化であり、記憶であり、技術であり、敬意なのだと、この一皿一皿から教えられている気がします。
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