1500円だけど、5000円の朝食に挑む。気合いゆえ、初めから汗だく喉カラカラ

1500円だけど、5000円の朝食に挑む。気合いゆえ、初めから汗だく喉カラカラ

2026年2月4日26分
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もしもし五島列島
もしもし五島列島パーソナリティ島育ち・祖母っ子のイラストレーター。「もしもし五島列島」店主としても活動中。食への愛が異常に強く、ステーキの脂身を「口内滞在型アトラクション」と呼ぶ熱量で食人生を語る。

寝れなかった。

そりゃ寝れないだろう。

寝ない方が正しい。

5000円の朝食をいただける貴重な機会をいただいた。

私は「5,000円の朝食」に挑む前夜、5000円とは、朝食を100円のドデカデニッシュで済ませていた私にとって、1ヶ月のランチ代より高い。これを1食の食事と捉えられず、大きな体験のような感じで、テーマパークに行くわくわくというより、5000円を堪能しなければという試合前のような緊張感。

朝5時、いや4時。前夜からの焦燥感を引きずりまくったまま、私は「5,000円の朝食」という未知の戦場へ向かっていた。普段の朝食が100円のデニッシュで完結する私にとって、それは一食の食事というより、もはや一種の「儀式」だった。

寝不足と緊張で胃は縮み上がり、都会の迷路でフルマラソン並みの猛ダッシュを強いられた私の顔は、会場に着く頃にはホカホカの「肉まん」と化していた。そんな私を一瞬で察知し、下駄で颯爽と案内してくれた着物のお姉様のプロフェッショナリズム。そして、目の前に現れた「永遠に飲めない水」。巨大な氷が鼻を塞ぎ、水が「すいません、通ります」と遠慮がちに隙間を縫ってくる。この不自由さこそが、一流の証なのか。

メインが選べる朝食。

メニューについてはテスト前夜の如く深く読み込んできたので、ノールックで注文できる。

メインが、「鮭の漬け焼き」、「だし巻き卵」、「納豆・豆腐」の3種類から選べる。ここで納豆・豆腐を選べる人に足を向けて眠れないだろう。

多くの人が選ぶであろう鮭の麹漬け焼きをメインに選ぶ。魚の焼き汁一滴たりとも落とさない勢いで食べる。

一口目はコブダイのような頭からCMのように贅沢に!一口目にしかできない特権。

二口目は皮をピラーっと剥がし、パリパリの食感をポッピングシャワーのように楽しむ。そして最後は、クリオネのごとき脂の乗った尻尾のジュルジュルをボーナスとしていただく。

周りの「身分の違う」人々が、和紙に包まれた極上の梅干しを平然と残していく中で、私はその「老人と新生児のほっぺたを合わせたような」美しさに、島に住む家族の顔を重ねていた。こんなにうるうるな梅干しは見たことない。このうるうる感のまま、丁寧に、和紙を汚さないようにポケットに入れて持ち帰りたい衝動を、かろうじて「今のこの贅沢を味わい尽くすことが次への一歩だ」という、成長した食い意地魂で抑え込む。

結局、緊張で肩肘はって食事をしたため、食べたものが全て消費されて、食後なはずなのに、お腹が空きすぎた私は、帰りに160円の菓子パンを買い食いするしてしまい、情けないなと思ったものの、多分口も脳も体も、この5000円の大きな衝撃について行けなかったから、この延伸感が欲しくて私は菓子パンを食べたんだと思う。

私は人生において、温泉卵は「丸飲み」してきた。黄身を1滴たりとも無駄にしたくない、その一心だった。

しかし、5,000円の朝食という静謐な空間で、私は初めて温泉卵を「割る」という贅沢を知った。

黄身の中に箸を入れて、とろっととろける美しいオレンジ色。今までは半透明のフィルムに覆われた姿しか見えてなかった黄身との初対面。ヤッホー!お前、そんなにトロッとしていたのか〜出てきてくれてありがとうね。

そうだ。こうやって、口に入る瞬間に割ってあげなければ、この美しい太陽は見えなかった。

私の胃の中に爪楊枝を持って待っている人はいないのだ。私がわたしの箸で割ってあげなきゃ行けない。

定食の中の小鉢にある、牛すきのタレをハンモックのように肉で受け止め、口の中で「自家製温玉牛丼」を完成させる。5000円の定食となれば、普段表に出まくって存在の主張が激しい「牛肉」ですら、深くて、しかも底面より上の面の方が丸の半径が狭い隠れん坊スタイルの器。

牛肉を隠すのか。しかも、ミニトマト入りの牛肉。最近ミニトマトもイチゴレベルで高級なのに。

そのほかにも、昆布、筍、煮物2種、そして温泉卵に、パリパリの海苔、うるうるの梅干し、ご飯のお供が多すぎて、ご飯が全く足りないという朝食のバグ。そもそもお櫃ご飯なんだから、ご飯のお供はいらない。キッラキラのご飯は汚さずそのままのツヤで口の中に入れてあげたい。

お櫃から掬い上げる白飯の輝き。それらを目の端に焼き付けながら、私は「場所代」や「サービス代」に込められた、目に見えない価値を噛み締めていた。TVのショップチャンネルで宝石が映される時、キラキラ〜の加工が入るけど、それが実際にこのご飯に見えた。夏の豪華花火の付属品にある3Dメガネのよう。

この体験をして気づいたのは、値段が上がるほど、お腹も心も満足するものと思っていたけど、そうじゃない。

むしろ、余白をくれるのが、この値段がゆえなのかも!

だから、私が食後お腹を満たすために菓子パンを食べたのは正常である。

朝は忙しくて空を見上げる時間や、息を吸う時間はないと思っていたが、こんな高い場所で景色を見ながら、豊かなサービスを受ける。わちゃわちゃしない「朝」ってあるんだ!

もちろん、スタッフの方のゆとりと余裕もすごい。

締めのカフェタイムの時、8人中6人がカフェオレを頼んだ。カフェオレ担当の人がカフェオレを持ってきてすぐに全部こぼしてしまった。

スタッフの人はそれでも落ち着いていた。

まるで自分がこぼしていないように。

私の方が飛び跳ねて、なんか悪いことしたなと思ってドキドキしちゃったよ。

しかも、カフェオレだよ。牛乳大変じゃん。

こぼして、「申し訳ありません」をとっても落ち着いていい、その後近辺の人に汚れてないかの確認。

私だったらすぐに隠蔽工作を始めるだろう。

まずしなければいけない優先順位をしっかり把握している。

朝の落ち着きと、ゆとりこそがお金持ちの余裕なんだと思った。お金持ちとは余白のある人・・・・!!!

そういや私はなかった。ドデカデニッシュばかり食べた結果かもしれない。デニッシュというのはパンの中で珍しく発酵とかじゃなくて層を重ねていくもの。密度が高い。もっとここでふんわりしたパンを食べてた方がよかったのかもしれない。

確かに、中学生のころは「ハイジの白パン」しか食べなかった時があったけど、この時の方が豊かだったな。

心も白で澄んでたし、ふわふわ軽くて、肌も綺麗だった。

なかなかない体験で、刺激が多く、自分との違いがゆえ、色々反省してしまい、落ち込んでしまった。かなり落ち込んだ。

歩くスピードも遅すぎる。動けない。落ち込みが止まらないので、こういう日はカキフライに救ってもらおう。私のお守り。カキフライ!!!そう決めた途端、小躍り。

やっぱり、どれだけ落ち込んでも、一日の終わりをカキフライで締めることで最高の一日になる!

私のゆとりはカキフライが作ってくれる。

タルタルやソースを最初からかけず、まずはそのまま。後からソースを追いかけさせる、それがカキフライへの礼儀。

情けない私カキフライの茶色い衣の中にカニ味噌のようなボーナス!やっぱりついてる。カキフライは私を見守ってくれている。

お腹も心もいっぱいということは何にも入る隙間がないのと同じ。せっかくのサービスも感じられない。だからたくさん吸収しよう!満たそう!ではなくて、常にゆとりを持っておこう。

食い意地ラジオについて

9/14 、くいしんぼうの日に生まれた私は日々食べ物や食事の時間を抱きしめて過ごしています。食に対して毎日真剣に、全力で、血眼で向き合った結果、食事を睨むくらい食い意地が止まらなくなってしまい、1日中食のことしか考えられなくなってしまいました。そしてなんでも食べるようになってしまいました。食いしん坊がただ自由に暑苦しく、うざったく、食への愛と食い意地を爆発させているラジオです。

自我強くてごめん。

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