
三つ葉なめちゃいかん!あんぱんも、あのごまが主役だから。ランチパックは縁が主役。

食い意地ラジオについて
9/14 、くいしんぼうの日に生まれた私は日々食べ物や食事の時間を抱きしめて過ごしています。食に対して毎日真剣に、全力で、血眼で向き合った結果、食事を睨むくらい食い意地が止まらなくなってしまい、1日中食のことしか考えられなくなってしまいました。そしてなんでも食べるようになってしまいました。食いしん坊がただ自由に暑苦しく、うざったく、食への愛と食い意地を爆発させているラジオです。
自我強くてごめん。
三ツ葉をなめていた話について
かいわれ大根とかよりなめてた。三つ葉のこと。
親子丼の上にちょこんと乗っている、あの緑。
茶碗蒸しの上に一応いる存在としか思ってなかった。
大葉みたいに「俺が主役だ」みたいな顔も匂いもしないし、
ネギみたいに「万能です」みたいな態度も取らない。
三ツ葉はいつも、
「別にいなくても成立しますけどね」
みたいな顔をしている。
だから完全に油断していた。
だから、三ツ葉だけを食べた日の衝撃わすれられない!!
味が立体だった。
平面じゃない。立体。
もっともっとみんな三つ葉褒めたほうがいいし、親子丼のうえにも茶碗蒸しにもあと50ばいくらいのっけなきゃいけないと思う。
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こういう存在は他にもいる。
あんぱんの上のゴマ。
あの小さな点々の一粒一粒に、
あんぱんの「完成」が委ねられている。
ゴマがなかったら、あれはただの茶色い丸だ。
ゴマがあるから、あんぱんは「あんぱん」になる!
ゴマこそあんぱん!
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パセリもそうだ。
パセリを散らした瞬間、
料理は「家のご飯」から「カフェ」になる。
カフェ風ごはん
というのは、パセリが乗ってるかどうかってだけ。
味はほとんど変わらないのに
世界観だけが変わる。
パセリは、すばらしい演出家。
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粉チーズも同じ。
揚げ物に粉チーズをかけると、
急に「イタリア」になる。
さっきまで日本にいたはずなのに、
粉チーズをかけた瞬間、地中海の風が吹き始める。
粉チーズは、国境を越えさせてくれる。
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そして、パン粉。
私は気づいてしまった。
カツ丼を食べている時、
私たちは肉でご飯を食べているんじゃない。
パン粉で食べている。
あのふやけたパン粉こそが、
ご飯を進ませている。
パン粉は、もはやパンではない。
調味料だ。
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そして、ランチパック。
あの縁。
あの細い縁は、何のためにあるのか。これすごいよ。技術見せられてる。この細〜〜いティッシュちねったやつみたいな部分がご褒美。
正直、中身がピーナッツなら、
あそこまで閉じる必要はない。
こぼれないのだから。
なのに閉じている。
あれは機能ではない。
美意識だ。
ランチパックは、
パン界の製本なのだ。
本を閉じるように、パンを閉じている。
だからあれは、食べ物である前に、
アートであり、「必要のなさそうなところまでちゃんとすること」を教えてくれる教科書である。
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そして私は最近、理解した。
本当に重要なものは、
いつも少ない。
三ツ葉は一枚。
ゴマは数粒。
銀杏は一個。
パセリは少し。
少ないからこそ、
私たちは油断する。
軽視する。
なめる。
でも、
世界は、
その「少し」によって完成している。
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だから私は決めた。
これからは、
最初に三ツ葉を食べない。
最後まで取っておく。
世界を完成させる瞬間を、
最後に残しておく。ちゃんと噛みしめてかみくだく。
それが、
具材への礼儀だからだ。
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