天丼のタレは黒蜜より甘い。たぬきうどんは化けの皮はいだら、ただの天かすうどんなんで。丸亀製麺のおにぎりのフィルムをボンタン飴のように食べたい。

天丼のタレは黒蜜より甘い。たぬきうどんは化けの皮はいだら、ただの天かすうどんなんで。丸亀製麺のおにぎりのフィルムをボンタン飴のように食べたい。

2026年3月4日24分
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出演
もしもし五島列島
もしもし五島列島パーソナリティ島育ち・祖母っ子のイラストレーター。「もしもし五島列島」店主としても活動中。食への愛が異常に強く、ステーキの脂身を「口内滞在型アトラクション」と呼ぶ熱量で食人生を語る。

天ぷらは汚れているほうがうまいし、たぬきうどんを頼むのは「バカ」と言いたかったけど、必ずわかめうどんを頼む私もバカになったので結局はバカこそ王者という話〜〜〜

天ぷらの話をしたい。

大海老天の話もしたいし、衣がわしゃわしゃしている緩衝材みたいなのがいっぱいついてるみたいなゴツゴツ天ぷらが好きだ!という話もしたいし、天ぷらの油はたぶん綺麗すぎないほうが美味しいんじゃないかという疑惑もある。透き通ってない方がいい。天ぷらの衣にくせえ匂いを染み込ませてくれ〜〜〜〜〜

それから、天ぷら職人が素手で油を触っているのを見るたびに「人間ってここまでいけるんだ」と思う話もあるし、衣を油に入れるときに箸でこそぎ落とすあの動作は、もう法律で禁止にしてほしい。たっぷりつけたままでいいんだよ!何を落としてるんだ。

だけど、私は常に欲張りだし、デザイナーとしてお世話になっている会社の人から毎回「中村さんのデザインは盛り込みすぎ。引き算して」と言われるので結局引き算・・・・大切なのか・・・胃もたれデザインは世の中には必要ないっぽいもんね。確かにみんな時間なさそうだし。特に東京の人たち。歩くスピード早すぎるよ。

だけど言いたい、お弁当のしなしな天丼は異常に美味しい。他の揚げ物の匂いも入ってて、天ぷら衣がブワアっとふ焼けまくってるもの。天ぷら衣をそぎ落としてないからこその報酬。

天丼のタレはビッシャーがけでお願いしたいし、天丼の美味しさの9.9割はあの甘すぎるタレが担っていると思っている。黒蜜より甘い。世界一甘い液体だ。

天丼屋に行くと「天丼」と「上天丼」が並んでいて、その差がほぼ「エビが乗るかどうか」だけなのがちょっと許せない。みんなエビにヘコヘコしすぎてない?

結局みんな、エビがいちばん偉いと思っている。確かに私も思っている。エビはいい。すごい。生エビ食べてえ。

昔、お金持ちの人に蕎麦屋さんに連れて行ってもらったとき、大海老天が一本500円で、「お腹に余裕があるなら2本にしていいよ」と言われたことがある。

あのときの感謝は一生忘れない。どうやって恩返しすればいいのか、いまだにわからない。そして本当の本当に「大」海老天だった!すごい!プリップリ

カレンダーが1日を指すと、私の心の中では密かに「丸亀製麺の釜揚げうどん半額わっしょい祭り」の幕が開く。

丸亀製麺が釜揚げうどんを半額で提供するその日、先月も何もしなかったな〜と、やりたいことだけ溜まったカレンダーをめくって一応取っておくけど結局一年分溜まりまくっている絶望感さえ、うどんの湯気の向こう側へと消えていく。

不思議なのは、並んでいる人々だ。前日から「明日は丸亀だ、わっしょい」と魂を震わせていたはずなのに、いざ列に並ぶと、皆一様に「たまたま今日、うどんの気分だったんです」という涼しい「おすまし顔」を決め込んでいる。もちろん私もその一人だ。おすまし顔でトレイを滑らせ、半額で浮いたお金を軍資金に、普段はケチる天ぷらコーナーへと突撃する。

そこで私を待っているのは、胃もたれという概念を人生で初めて教えてくれた存在の巨大なかき揚げ。そして、丸亀界の最安値、50円で我々を支え続けてくれる「ごぼう天」だ。

ごぼうは、もはや天ぷらという名の「ガム」である。噛めば噛むほど土の旨味が広がり、骨身に染みる。ありがとう。

そして、おにぎり。あのシャカシャカしたフィルムに包まれたおにぎりは、まるでカメラのキタムラで現像したばかりの大切な思い出を入れる袋のよう。これに包まれているから、完璧な湿度で守られて異様に美味しいおにぎりになってるんだな。

通常、「うどん定食」など、白ごはんと白うどんの組み合わせを許していない私が、丸亀の時は、うどんと米を同時に食う。

かつて友人の母から貰った二重ラップのおにぎりを、一回しか剥がずに、もう一つは残したままおにぎりを食べてラップごと飲み込み、数日間便秘に苦しんだ私にとって、あの剥がしやすいフィルムは「文明の優しさ」そのものであるけど、むしろ食べたくなってるし、一度食べ切った経験が謎の自信を生み出してくれている。かかってこい。

「たぬきうどん頼む人はバカ」なぜなら、「たぬき」という可愛いひらがな3文字でわたしたちを騙しにきてるから。化けの皮はいだら、ただの天かすうどんなんで。

私はかつて、家のひらがな表の中でも「ぬ」をじっと眺めていたことがある。便秘がちなので、トイレによくこもるからとにかく見ていたよ。

50音表の中で、最も丸みを帯び、最も「造形」としての完成度が高い文字。ひらがなキーホルダーを作るなら、迷わず「ぬ」の一文字だ。二文字の名前を授けてくれた親に、一文字分のカスタム料金を節約させてくれた感謝を捧げつつ、私は「たぬきうどん」という不条理について考えを巡らせる。

たぬきうどんを頼む人はバカなぜなら、天かすは多くの店では無料で提供されている「揚げ物の残像」だから。

それにお金を払うのは、まるで空気を買うようなものではないか。しかし、京都で言われてるの「たぬき」を知って、私の偏狭な正義感は打ち砕かれた。刻み油揚げをあんかけにし、おろし生姜を添える。化かされているのは、天かすではなく、私の固定観念。さすが京都様。デパ地下の祭事で京都のだし巻き卵に釣られて立ち止まった店で、「鴨肉でごわす」と試食を差し出してきたお姉様の、あの一歩踏み込みまくった接客のような衝撃だ。

京都はいつだって「かまし」を重ねてくる。

天ぷらの衣を揚げ油に削ぎ落とす職人の仕草を法律で禁止したいと願うほど、私は「衣の余白」にうるさい人間だが、お弁当のしなしなになった天丼の、あの黒蜜より甘いタレには、無条件で降伏してしまう。

1本500円の大海老天を「二本いっていいよ」と言ってくれたあの人の恩恵を、私は一生、胃袋に刻んで生きていく。エビこそが「上」であり、幸せの指標。天ぷらでも洋食でも常にエビをトッピングできる人生でありたいよね。私はこの「ぬ」のような丸みのある幸福を、うどんの出汁と共に啜り続けたいと思う。

だけど、まだたぬきうどんに怒りたい。一瞬京都のおかげで騙されたけど、ただただ、天かすうどん。

それなのに、だいたいきつねうどんとか、とろろうどんと同じ値段をしている。

だったらとろろを頼めばいい。絶対に手がかゆくなるし、手間もかかってそうだし、原価も高そうだから。

きつねも、お店でちゃんと炊いてるなら全然ありだ。

しかも多くの店では、天かすって無料で置いてある。

自分で入れればいいじゃないか。

たぬきうどんは、最初から厨房で天かすが入れられていて、届いたころにはもうブヨブヨしている。

あの感じ、テレビショッピングで羽毛布団をぶん殴ってるときのモワモワに似ていて、ちょっと怖い。

ただし、どん兵衛のたぬきだけは別格だ。

あれはもう別の宗教。

150円であの世界を出されると、蕎麦屋に行くたびに脳内で緑のたぬきが点滅してしまう。

ちなみに私は、うどん屋さんではよく「わかめうどん」を頼む。

でも丸亀製麺が、ついにわかめまで無料にしてしまった。

つまり私は、バカ側に回った。

丸亀製麺はすごい。

毎月1日、釜揚げうどんを誰にでも半額にしてくれる。

なのにその日に、普通のかけうどんを頼む人が一定数いる。

しかもそういう人は、だいたい変な時間に来る。

半額の日、みんな心の中では「わっしょい祭り」なのに、全員すまして並んでいるのも愛おしい。

私ももちろんすまして、「たまたま今日、釜揚げうどんの気分でした」みたいな顔で半額を享受する。

その浮いた分で、天ぷらを取る。

ごぼう天。

50円で、噛めば噛むほど旨い。

ガムみたいな天ぷら。ありがとう。

丸亀製麺のおにぎりのフィルムも最高だ。

あのフィルム、写真屋さんで現像した写真を包んでくれるやつと同じ気がする。

ボンタンアメにおけるオブラートのように、あれごと食べられたらいいのにと本気で思っている。

丸亀製麺ではいつも、後ろの人に急かされて、いちばん食べたくない天ぷらを取ってしまう。夢の中でもよく出てくるのが丸亀製麺だけど、いつも一番いらない天ぷらとってしまっている。

だけど、後ろの人に急かされて落ち込んだ日は無料トッピングの天かすの中にちょっと具材が入ってたりして、欲より規律を守った私にご褒美をくれる。

食い意地ラジオについて

9/14 、くいしんぼうの日に生まれた私は日々食べ物や食事の時間を抱きしめて過ごしています。食に対して毎日真剣に、全力で、血眼で向き合った結果、食事を睨むくらい食い意地が止まらなくなってしまい、1日中食のことしか考えられなくなってしまいました。そしてなんでも食べるようになってしまいました。食いしん坊がただ自由に暑苦しく、うざったく、食への愛と食い意地を爆発させているラジオです。

自我強くてごめん。

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